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■SUZUKI
関西の主要クラブ、主要イベントでVJとして大活躍中のSUZUKI氏。 大阪ではすっかりメジャーになった彼の素顔、そして、 その涼やかな視線の彼方にあるものとは? |
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●自己紹介を兼ねて現在の活動内容を教えてください
■SUZUKI こんにちは、鈴木です。現在約4つのユニットで、様々な個性を持った方々とVJやらせてもらってます。 年間60回ペースで様々なイベントやパーティー、カフェやホールや山奥などに呼んでいただき、 数々のショーから野外レイブまで、様々な場所でVJシステムを稼動してます。 過眠症で敏感肌、蕎麦アレルギーの虚弱体質です。自分を極限まで追い込むのが好きなマゾヒストです。 最近極限まで行ったので、しばらくは行きたくありません。 ユニット全員合わせると30人ぐらいになるので、今回は代表として。 |
from HIGH VILLEGE
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●好きなクラブミュージックは?
■SUZUKI 音楽と呼べそうなものは全部好きです。特にクラシック、オペラがかんなり好きです。 ヴェートーベンやマリアカラスなどを聞きながらよくむせび泣いています。テクノ、ハウス、 トランス、ドラムン、ブレイクビーツ、ジャズ、ヒップホップ、レゲエ、スカ、ロック、 メタル、パンク、ノイズ、ハードコア、カントリー、エンカ、アニソン、ユーロビート、 コギャル、全部大好きです。 あ、最近超鬱の極限の時に、ボサノバを聞きまくってしまったので、ボサノバは嫌いです。 聞くと狂気が誘発されます。原因は聞かないで下さい。とにかくボサノバ以外、全部好きです。 |
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●今はどういったメンバーで活動されていますか?
■SUZUKI 現在はNinja Tarm Design (ニンジャタームデザイン)というユニットをグラフィックデザイナーの 友人と私とで組んでおり、そのユニットの活動が一番頻繁かと思います。 Work free (ワークフリー)という社会人だけで組まれたユニットでは、現状で月に6つ以上のレギュラーを持っています。 それでもそのユニットはVJより合コンの回数の方が多い。ハウス、ディスコ、スカ、ロックなどのパーティーで、 わりと大人な遊び場で頻繁に映像を打っています。 あとVJ 888 (スリーエイト)というユニットは、デザイン会社、ウェッブシステム制作会社、映像制作会社、 有機野菜農業などの会社経営者達で組まれたユニットです。このグループは一切のこだわりを持たず、 客のウケだけを機軸に考え、ひたすらメジャーを目指しています。 芸大卒の友人とHIGH VILLEGE (ハイビレッジ)という映像ユニットも組んでおり、神戸や滋賀でやる時は、 Fuck Fantastic total desigin (ファックファンタスティックトータルデザイン)、 1人や不特定多数の人とプレイする時はSUZUKI unitという名前でやってます。 他にもいくつかのグループがありますが、それぞれのユニットで、それぞれの方向性を持ちながら、 様々な映像をスクリーンに流しています。 ちなみに女性メンバーはいません。7回弱10人強ぐらい女性メンバーは入れ替わっています。それ以上かもしれません。 女性にはどんな状況の中でもすぐに嫌われるんです。昔のメンバーは今はお客さんとして映像を見に来てくれます。 今は、僕を受け入れてくれる、いい加減で原色好きのカオグロなコギャルのメンバーを探しています。 |
from Work free
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●VJを始めたきっかけは何ですか?
■SUZUKI VJの存在を知ったのは、ケンイシイ氏が大阪に来ていた時で、その横で大勢のVJが楽しそうにカメラをまわしたり、 映像をいじくったりしていたのを見て、ああ、こうゆうのもあるのか、と。 ただ、VJ見て感動する人はたくさんいますから、きっかけとかになると、幼児体験の事とか話さないと説明つかないですね。 結局強迫観念でしょう。真っ白なスクリーンが用意されていれば、そこに何かを映したい、といった類いの。 変えようの無い駅の時刻表を確認したり、服のなんでもない細かいホコリをはらったり、ほどけた靴紐を結び直したくなる といった人間特有の例のおかしな癖のようなものです。人一倍強迫観念は強いかと思います。 昔は服屋や靴屋のディスプレイを店員に見つからないようにして勝手に変えていましたし、美術館においてある絵画の位置を 変えようとして怒られた事もあります。なにせ、ここでは強迫観念という事にとどめておきましょう。 今となっては原因はさほど重要じゃない。様々な段階を踏んで、今はそれによって目標もできた事ですし、これからはVJならVJで、 そこから生ずる過程と結果に目を向けています。 |
from Suzuki unit
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●影響を受けた、もしくは尊敬するVJやDJはいますか?
■SUZUKI VJと呼べる人達はほぼ全員尊敬しています。Super Afro Brothers (スーパーアフロブラザーズ)、SQUADRON (スカッドロン)、 act74 (アクトナナジュウヨン)、nextform (ネクストフォーム)、S.C.O. (皿チョップオムライス)、 一線で活躍されてる様々なVJさんなどは勿論、あまりメジャーではないにしろ、妻子を捨ててまでは活動を続けなかった友人のVJ、 などなど、ほとんどです。映像はともかく、顔がかっこいい。彼等は。 映像からあまりインスピレーションは沸かないので、影響を受けたVJというのはあまりいません。 日常における様々な現象、あと、私は文学が好きなので、サルトルの嘔吐のロカンタン、カミュの異邦人のムルソー、 ニーチェのツァラトゥストゥラ、カフカの変身のグレーゴルやその妹、あとエッグのコギャルなどからインスピレーションを得ています。 DJは*Groovy workshopが好きです。 |
あこがれのENERGY-DAI氏と。
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●どんなVJを目指していますか?
■SUZUKI 社会不安やテロリズムや自殺、離散やレイプや幼児虐待、これらを、自分には無関係と言うのはあまりにも簡単です。 政治などではどうにもならない社会的な影の部分というのがこの世の中にはたくさんあります。 その上で、私にできる事の一つとして芸術創作やVJがある。 精神的な秩序が無くなり、多くの異常な事件が起き、現代社会は生死の問題に非常にナーバスになっています。 純然たる愛が芸術創作へと昇華し、そこから生まれる作品というのは死の絶望を浄化します。 他者の死から、自分の死の可能性を確認できるのは人類特有の概念で、その死の絶望から純然たる愛は生まれます。 絶望を神の観念に転化するのは大変無知な楽観ですし、芸術性というのは人類特有のものなので、 純然たる愛が芸術に昇華しているのは明らかな中で、それを信じないにしても、生と死と、 愛と芸術には密接な関わりがある事は否定できません。 ある範疇において、私達の芸術創作は時にして政治や国家それ以上であり得ます。何を目指しているのか、 それは毎日変わる事かと思いますが、全体的に見て、一言でそれを言うなら、漠然とした言い方ではありますが、 結局、信頼しあえる仲間達と、価値のある創作をしたい。 |
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●クラブ業界、VJ業界に対して言いたいことはありますか?
■SUZUKI 視野が狭いと言われそうですが、そういった業界が確立されているとは思えませんし、クラブに遊びに行く事があまりに無いので、 わかりませんが、率直な意見を言わせてもらえば、無意味なイベントがあまりにも多いように感じます。 ほとんどのイベントに、これといった目的が、無い。 昔スペインに住んでいた頃、向こうの友人達と木曜日になると必ず行っていた城みたいなでかいクラブがありました。 そのクラブでは木曜日になるとインテルカンビオというパーティーが行われ、様々な国の人たちが集まり、 お互いの国の言葉をintercambio (交換)するというパーティーなのですが、平日にもかかわらず、何千人もの人がそのクラブに集まり、 それこそ老若男女、それぞれの国の言葉で喋り合って、みんなで飲んだり食ったり踊ったり。あれこそが進歩的な一夜と言えるでしょう。 何回も行った内でたった1人だけ日本語で喋りかけてきたハイカラなイタリア人が いたんですが、その時はかなり嬉しかったですね。 なにせ彼は私より日本語がうまかった。なんで日本語なんて喋れんの、って感じで即効仲良くなりました。 スペイン人はスペイン人でやたら丁寧にスペイン語を教えてくれるし、 皆が進んで人と人との輪を広げて行く。 あれは本当に良いパーティーでしたね。クラブやパーティー側の意志、お客さんの意志、お互いの意志がそこでは一方通行ではありませんでした。 行く度に意味のある、あれは素晴らしいイベントでした。 本土に戻ってしばらくしてから、日本のクラブに行きましたが、申し訳ありませんがどのイベントも、お世辞にも楽しいとは 言えませんでした。夜間電気代が安いからといって、あんな無意味な事をしてはいけない。 日本が誇れるのは漫画とコギャルと寿司と味噌汁だけなのか、と絶望感すら感じました。フロアで一夜を過ごしても、 なにも精神的なものなんて感じませんでした。DJは、何かをやりたいと思っている奴より、ただ酒飲んで騒ぎたい、と思ってる奴が多くて、 スタッフはチケット代の回収で頭がいっぱいですし、客は男女かかわらずドラッグやセックスを求めていました。私もたくさん求められた。 みな物質的な欲求にかられていて、それを満たすとそれ以上の事なんて求めなかった。無欲過ぎます。 彼等は良いものは何か解っているはずなのに。日本人はそんなにバカじゃありません。ただ、環境がとても悪い。構造学的な側面ですが、 歴史的に見ても遺伝子学的に見ても、ネオダーウィニズムの進化論的に見るならとくに、日本人というのは保守的な遺伝子の持ち主が 多いようなので、それはそれでいいのですが、世界中で流行っている曲をリアルタイムでかけてもあまり何も感じないようです。 なるほどそうかもしれない。私も何も感じない。私は、様々な曲の思い出でじわじわエクスタシーを感じる方ですので、 そうだ、スペインでは女性によく声をかけられまくりました。それはある日、クソでかいクラブの中、真っ赤でエレガンスなソファーに 1人、過去の倦怠、将来の絶望にうなだれている時、バキバキのテクノの音とシンクロするかのように、美しい貴婦人が私の横に、 その流れがまるで自然であるかのように、私の横に座るのでした。私の顔を見て彼女は微笑みながら、何かをつぶやくのでした。 やさしい母親のように、それでいてなおかつ汚いブタを手なずけるサーカス団員のように。その美しい顔立ち、洗練されたスタイル、 威圧的で淫猥なプロポーション、そこから恐ろしく重大で危険なその頃流行りの性病を持っている事が容易に想像できたので、 何もしませんでしたが、それはさておき、それからというものバッキバキのテクノを聞くたびに性的な渇望でテンションのリミッターが 消し飛んでしまいます、ああ、そんな事はどうだっていいんだ、なんにせよ、音楽産業だけに留まる話しではありませんが、 世界の最先端の範疇を、多くの日本人は異端とする傾向にあるので、まあ、傾向でしかないんだが、まず、日本では、 世界規模での曲の流行りがどうとかではないし、しかしそのくせ、いや、であるから、と言うべきか、隣りの人がひとたび何かを し始めるとそれを真似る事が好きなようで、あそこのクラブにはタダで入れる、という噂がたてば、あるクラブが入場をタダ同然にし、 じゃあおれのクラブも、と他のクラブもタダ同然で入れるようになるし、トランスのパーティーがひとたび流行れば、じゃあおれも、 とロッケンローラーもコギャルもトランスするし、隣りの人がドラッグをやれば、じゃあおれも、といったスパイラルに陥りやすいように 思います。 あるレイヴのスタッフが「昔、山でのパーティーが終われば、そこら一帯ゴミの山だったが、おれ達の客への教育のおかげで、 今では皆ゴミは山から持ち帰るようになった」と言っていました。だが私の印象として、ゴミは減ったがジャンキーが増えた様に思える。 それでは意味がない。例えばクラブなら、クラブ側の人間の加減一つでお客さんは楽しみ方を変える。 ただ馬鹿デカい音を鳴らしてるだけじゃ話しにならない。1人でもお客さんが来てるなら気合を入れて欲しい。 どのイベントも明らかに興醒めスパイラルに陥っている。若い人達は、ドラッグがなければおもしろくない、という人も多い。 男は、これからバリバリ稼がなくてはならないのに、女の子は、子供が生める健康的な体を持っているのに、 17歳ぐらいまでは私もバリバリのスペシャルなジャンキーでしたが、今は、彼等に、お父さんとお母さんに代わって、 時間とカロリーを無駄にするな、と、ビンタの一つや二つ、くらわせてやりたい。 私がスペインなどで感じた、そんな精神的なイベントは少ない。お客さんには綺麗に遊んで欲しいし、 お客さんはお金を払っているのですから、クラブ側は、もっと意味のある事をやってほしいです。 あと、VJ業界、と言うと誤解があるかもしれませんが、例えば、鈴木君とVJをやりたい、といってくれる人達が大勢います。 私は彼等とその日からでも一緒にVJをやり始めますが、時々、「おれ、クラブで遊びたいだけ、ただ酒飲めるし、もてもてじゃん」 みたいな事を後々言い出す人がごくたまにいるので、そういった場合は私達とのVJを音速でやめてもらいます。 今まで何人やめたか。くそ、あんにゃろ。ん、おれの性格が悪いだけなのか?いや、そんな事はない。妄想だ。 クラブで遊びたければ客で来ればいい。ただVJをやりたいだけなら家で1人でやってりゃいい。 クリエィションとはそんなものではありません。人前に立つのだから責任を持ってやって欲しい。大勢の友人達との時間、 好きな音楽が鳴っていて、素晴らしい映像がそこに交じり合い、私の意志とその作品を見る者との意識がダイレクトに通じ合う。 そこに、下らない駆け引きは、いらない。VJをやるなら、VJの素晴らしさとその可能性を知って欲しい。 |
from Ninja Tarm Design
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●VJを目指している方へ何かアドバイスはありますか?
■SUZUKI 貴方達の創作以上に、そこからの可能性に目を向けて欲しい。 私の場合、VJ活動面のみなので小額ではありますが、そのほとんどのギャランティーを色々な信頼できる団体に寄付しています。 ですが、これは隣人愛ではありません。クリエイションだと思っています。私はキリスト教徒ではありませんし、会社も経営しているので、 小規模ではあるが、それは飢えた子供達と同じように、守るべき社員もいます。寄付などは私の映像を昇華させる手段でしかありません。 これは冷めた言い方かもしれませんが、それによって栄養食や抗生物質や毛布や医療器具が難民に配られるのですから、 これを偽善だとは思いません。日が昇り、パーティーが終わり、人々の熱気や煙草の煙がひいて行く中、照明が点き、様々な機材が、 次々と片付けられたとて、私の創作はその一夜では終わらせない。寄付やそれらの行為によって、私の映像は、 宇宙において永遠の意味を持つ事になるのですから。 よく、作品を創っているにもかかわらず、自分の創作は下らない、だとか、私にはまるで芸術性がない、だとか言う人達が大勢いますが、 そんな退廃的な事は、例え脅されても、貴方達は口にしてはいけません。芸術にたずさわる中でそんな発言をするやつはただのサイコ野郎です。 お父さんとお母さんに謝れ。人目に触れるという前提で、芸術というのはどこまで突き詰めても抽象であるから、 どうしても見る者の思考に依存しなくてはなりません。ピカソを良いと言う人もいればそうでないと言う人もいますし、 創作の本質は作品の良し悪しなどではありません。それを価値基準とすると創作の楽しさやその神秘性が失われてしまいます。 誰が見ても美しいもの、それが理想でしょう。ですがそれ以上に、何の為の創作か、これが重要かと思います。ピカソのゲルニカも、 反戦の為に描かれたからこそ、素晴らしいのです。造り手が揺るぎない情熱を発揮し、見る者がそれによって心から感動したなら、 例えそこに温度差があっても、それは重要じゃない。 あと、人のつながりを大切にして欲しい。質問からそれる内容かもしれませんが、私は専門学校時代、友人にさそわれ、 滋賀のとあるライブハウスからVJを始めました。その流れでその友人と2人でユニット組んで、滋賀なら場所を選ばず、 クラブであろうが部屋であろうが毎週の様にVJしてて。そりゃもうゴキゲンな毎日で。公園や川、竹やぶや密林の中まで2人で撮影しに 出かけて、色々な植物や虫を撮影したり、自分達で作ったお面かぶって裸踊りしながらそれ撮り合ってみたり。 そんな事してる内に同じ専門学校を途中でやめた友人からも大阪でやらないかって話しが来て、そこからは次々に仕事が入ってきて。 仲間も増え、映像や芸術の事について皆で話し合ったり、こんなブッ飛んだ映像ができたぞ、とか、こんなヤバイ映像はどうやって 作るんだ、とか、驚きだらけで、進歩的で素晴らしい毎日でした。今でもその時の事を思い出すと、幸せな気分になる。 ただ、そんなもの、長くは続かなかった。私はその時のパートナーを今でも友人として愛しているし、彼も私を愛してくれているでしょう。 彼のデッサンは天才的だったな。だけど、幸せは愛だけで成り立つものではないし、それに加え、卒業が迫るにつれ、 我々は次のステップの選択を迫られました。卒業をまじかに控えた数週間、私達は途方に暮れましたよ。それまでは毎日が充実していて、 創作の為の創作、ひたすらその創作の為の創作、他には何もいりませんでした。まさかそんな途方に暮れる日が来るとは思わなかった。 「おれ達は、大人にならなきゃだめなんだ」。きっと将来に社会的な不安を感じたんだと思います。僕も、彼も、仲間達も、 結局は社会に順応できない精神的にもろい奴達の集まりでした。バイトをしてても、何をしてても、いつも、長くは、続かなかった。 そこには満足の行くような目標なんて無かった。私達はただ、自意識を吹き飛ばす為に、ただただVJを繰り返してたんだと思います。 卒業し、会社に入れば、それなりの収入にそれなりの生活。だけど、あの絶望と倦怠を繰り返す事になる。 これを趣味にするにはあまりに時間が少なすぎるし、今のクリエイションを仕事として続けても、どうだろう?生活できるだろうか? そうだ、できるだろう。だが、いつまで続くか。すでに芸術創作を心から楽しむ選択肢など消えていました。 我々は創作以上の目的を失っていた。致命的でした。結局パートナーはブレーン達と在学時に会社を立ち上げ、ユニットは自然に解消され、 私は、ただ、惰性だけで1人、下らないVJを続けていました。けど、それでも私には仲間がいたので、色々な人が、 情緒不安定で精神不安定で収入も不安定のこんな私を支えてくれ、創作を続ける事で、仲間も増え、彼等の存在の大切さに気付いた時、 私の創作活動は意味を持ち始めました。今ではそれによる目標もあります。絶望も、いまある希望も、全て仲間が与えてくれたものです。 仲間がいなければ、きっと私は創作をあきらめ、今頃かなりいい加減で日のあたらない、そのくせカオグロのギャルオトコになっていた でしょう。結局全ては人のつながりでしかありません。ないがしろにすると、大変な事になる。というか鬱になる。 センズリぶっこいてちゃ駄目だ。私は今、クリエィションを仕事にする事ができ、これもいつまで続くかわからないが、 意味のある仕事ですし、社員やユニットのメンバーの収入が安定するまでがんばろうと思っている。 私の活動によって導き出される結果というのはまだまだ遥か向こうの方で漠然としか見えず、それに対してまだ具体的にどうこう言える 時期ではないので、今はひたすらやりたい事をやっています。 昔理想としていた形はとっくに変わってしまい、今は昔と比べて楽しいのかな、と時々思います。 今でも友達とよく撮影に行った森や川辺の風景や情景は頭から離れない。でも、迷いは多かったけど、 今が楽しくないとはなおさら思えない。昨日より今日は、遥かに素晴らしいし、例えそうでない日でも、私の重きをなしている時間である 事に変わりはありません。私は今、信頼できる仲間に囲まれ、意味のある創作を続ける事ができています。 これから何かやりたい、と思ってる人は、心から愛し合える仲間達と、目標を持って創作をして欲しい。 |
仲間と一緒に。
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●今後の活動予定について教えてください
■SUZUKI 会社の方が忙しくなってきたので、3月20日ベイサイドジェニー、ベンシムズがゲストDJのENERGY-DAI氏のイベント (VJニンジャターム名義)、同日のグランカフェでヒロセさん (当ホームページ管理人) のイベント、 3月30日マザーホールで東京スカパラダイスオーケストラがゲストで来るイベント (VJ Work free名義)、 4月19日アンダーラウンジのシステムF (VJ Work free名義)、5月にはKICK THE CAN CREWがゲストのパーティー (VJ Work free名義)、 あと夏ごろには、とある島を借りきってのパーティーにも呼ばれているのですが、それらと他数十件のパーティーでのVJを目処に、 VJ活動の回数は減らすようにしようと思ってます。 月に8回VJする事もあったし、なにせ、数年間パーティーのない月はなかったので、そろそろ時間をかけてさらに意味のある映像を つくりたいので。 |
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●ズバリ、将来の目標、夢は?
■SUZUKI 最終的には世界に避妊具を配ろうと思ってます。それができれば私の人生は大きな意味を持つ。 現在の、創作と寄付のサイクルなどは、私の出した結果ではなく、1つのプロセスでしかない。 今後、ネット上のクリックで様々な団体に企業からの広告費として寄付が出来る (つまりクリックする側に負荷はかからない)サイトの 企画も考案しており、映像だけでなく、様々な方面のクリエイションで自己実現しようと思っています。 人口は増加の一途をたどっています。 レイプや、貧困と無知によって産まれてくる子供が大勢。産まれてきた事は幸運と考える楽観は 非常にナンセンスです。 世界に喜びを与えるも、破滅を与えるも、我々の行動のサジ加減一つです。それは作品の良し悪しなどで左右されるものではなく、 我々の情熱の問題です。映像から情熱が生まれるのではなく、我々の情熱的な生活が作品へと昇華するのです。 避妊具を配るという形にとらわれているわけでもなく、まして私にそれができるかどうかはわからないですが、 常にそういった意識と姿勢を忘れずに持っておきたい。作品を造るだけではだめです。そこからの可能性を、私は信じていますから。 あと、一生に一度でいいから、彼女が欲しい。一度彼女になりそうな女性がいたのですが、私の家にエロビデオが300本以上ある事を知ると、 ひどく嫌われてしまいました。今となってはそのせいもあってエロビデオの数は500本を越えようとしている。ほんとなんです。 もしかするともうそれ以上かもしれない。わからない。彼女ができたら、ビデオ全部売り払ってその子と1日で使います。 多分それに関しては寄付はしません。 |
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●最後に一言
■SUZUKI え?もう終わりなの? |
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●そろそろお時間ですので質問を終わります
■SUZUKI おい、勝手言うな、まだ私の話しは終わってないぞ。ここからが肝心なんだよ。 ほんとに、まてよ、そりゃないよ。だめだよそれ。 |
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●質問を終わります
■SUZUKI ああ、また喋りすぎた。インタビューなんか受けるんじゃなかった。 |
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目の前に広がるあらゆる事象に意味を見出そうとし、常に前進を続けるSUZUKI氏。
その言葉とは対照的に、実際は非常に温和な好青年。
新たな道を突き進もうとしている彼の今後に要注目だ。
interviewed by Hirose (2002/03)
SUZUKI氏へメール: moi_sujet@hotmail.com |